「かわいそうな子」だから、「たすけたい」のか


 

「施設不適応」というラベルを貼られて、

鍵の付いた部屋に入れられた子がいました。

 

どこに行っても攻撃的な行動が止まず、

たくさんの職員が「困り」、その子を「持て余して」しまったために、

その子は住むところを変えざるを得ませんでした。

 

次に行った施設では、その子を包み込むようにして受け入れてくれた女性がいました。

その子は、その人の懐にいるときだけ、ようやく落ち着くことができました。

しかし、少しでもその人が側を離れると、今度は誰にも手が付けられない勢いで暴れました。

結局、「やっぱりここでもダメだったのね」という結論を、

少しの荷物だけを持って、全く知らない環境での生活を始めるという経験を、

何度も何度も積み重ねることになるのでした。

 

そのうちに「保護する」施設から、「矯正教育をする」施設へと

その子の住処は移って行きました。

 

ある人が、次の施設に移ったその子に会いに行きました。

「どうして来てくれたの?」と問うその子に、

「あなたのことが気になっていたから…」と返すと、

 

その子は、

「嬉しい!!!」と涙をぼろぼろ流して泣きました。

固く握りしめたその手は、離さないで、という無言のメッセージを発していました。

 

————– – —  –   –   –   –    -         -

 

その子は、生まれたての赤ちゃんだった頃、

母親のもとを離れ、未知の世界へ切り込んでいくことになりました。

 

産みの母親は、その子を育てることができなかったので、

子どもがほしいと願っていた夫婦の養子となりました。

 

新しくできた家族の中で、それぞれが、家族になろうと努力しました。

 

だけど、なかなか上手く行かないことが続き、

ついにその夫婦は、「離婚」という選択肢をとることになりました。

 

それは、その子が施設での生活を始めるきっかけとなりました。

 

施設入所後、「家族再統合」が目指されるなか、

その子は育ててくれたお母さんが迎えに来るのを待っていました。

 

面会に来た育ての母は言いました。

「どうしてあなただったんだろう」、と。

 

 

「別に、あなたでなくてよかったの」

 

 

 

 

 

その日から、

その子の激しい行動化が始まりました。

暴力、暴言、自傷行為…

誰にも、「手が付けられなく」なりました。

 

————– – —  –   –   –   –    -         -

 

この話を初めて聞いたとき、わたしは、胸が締め付けられ、「かわいそう」と思いました。

「なんとかならないんだろうか」

「できることなら、なんとかしてあげたい」と…

 

 

しかし、

そんな風に「この子どもがかわいそうだ」感じる自分の「思い込み」が、

モノの見方が、

もしかしたら、ちょっと違ってたかもしれないということに

改めて気付かされたお話がありました。

 

 

————– – —  –   –   –   –    -         -

 

「胎内記憶」をもつ子ども、

というのを聞いたことがあるでしょうか。

 

お母さんのお腹の中にいる頃、

もしくはその前に、自分がどうしていたのか。

何が見え、何を感じ、何を考えてきたのか。

そうしたことをお話しする子どもが、実は結構たくさんいるのです。

 

その子たちが共通して口にするのが、

「お母さんを選んで、生まれてきたんだよ」

と、いう言葉。

 

信じる、信じないは別ですが、

そう聞いたとき、私の中で、すっと腑に落ちたものがありました。

 

 

しかし同時に、こんな疑問も湧き上がりました。

「じゃあどうして、この子は、こんなことに?

この子はどうして、このお母さんのところに、生まれてきたの?」

 

 

私の呈する疑問に対して、

ある一人の女性、胎内記憶をもつ子どものお母さんが次のことを教えてくれました。

 

子どもは、お空の上で、自分の人生を一度、走馬灯のように見せられて、

納得した上で、このお母さんのところへいこうと、この世に生まれてくるの。

 

かわいそう、って思わないで。

 

その子は、それだけのものを、乗り越えようと思って、やってきたのよ。

乗り越えた先に見えるものを手に入れるために。

 

かわいそう、って見るのは、周りの大人たちじゃないかしら?

 

その子の人生にはね、そんな言葉、必要ないの。

 

 

————– – —  –   –   –   –    -         -

 

私は、大きな衝撃を受けるとともに、

思い出していたことがありました。

 

 

祖父のことでした。

 

 

私の祖父は、数年前に亡くなりましたが、

祖父の人生は、「不遇な」幕開けで始まりました。

 

産みの母は、祖父を産んですぐ亡くなり、

やってきた継母さんも、父親が戦争に行くか行かないかの混乱の最中、

病気で亡くなってしまいます。

そのため、小学生にして、戦火の中を、

年老いた自分の祖母の手を引き、逃げ惑うのです。

その後、帰ってきた父が三人目の妻を娶るも、

互いに子連れで、再婚同士。新しい継母からは、痛烈にいじめられます。

 

そんな「子ども時代」を過ごした祖父は、

早くから大人びた考え方をしていたのでしょう。

 

勉強はよくでき、学校の先生から強く進学を進められるも、

就職の道を選び、社会に出ます。

しかし、今度は病魔が襲い、思うようにいきません。。

 

自分の人生を深く見つめ、思い悩んだ祖父は、

10代にして、「自分の運命を切り替える」道を選びます。

 

「自分より大変な境遇にいる人を助ける」ことに、

自分の人生を捧げることを決意したのです。

 

 

祖父のことについては、

いくらでも書くべきことがあり、

そして祖父の生き方を思うだけで、

私の深いところで、涙とともに大きな感謝が生まれます。

 

私は祖父を「かわいそうな」人だなんて思ったことは、一度もありませんでした。

 

祖父は往年、とても誇らしそうに、私たちきょうだいによく言いました。

「わしは、可愛い孫に囲まれて、とっても幸せだ。

わしの人生は、間違っていなかった。

全部お導きのとおりだ。幸せだ」、と。

 

私は、

祖父を、そう導いたすべてのことに感謝するのです。

祖父の産みの母も、次の母も、次の次の母も…

 

すべての存在があって、今の私がいることは、間違いありません。

 

そのキツい「現場」だけを見ると、

「大変」であり「綺麗ごとが通用しない」のであって、

心も、その場で発せられる強いエネルギーに疲弊します。

 

本当に、綺麗ごとでは済まされないのが、「家族」というものだと思います。

 

それにもかかわらず、どうして私自身が、その現場に強く惹かれたのか、

どうして子どもの支援をしたいと思うようになったのか。。。

 

自分でも不思議に感じていたことが、ピンと一本の糸で繋がった気がしました。

 

きっと、「支援」では、ないのです。

 

私の人生そのものなのです。


About Mutsumi

龍庵塾でブログを担当している「むっちゃん」です。 ペンネーム:芦田むつみ コモンセンス・ペアレンティング・トレーナー


8 thoughts on “「かわいそうな子」だから、「たすけたい」のか

  • まゆこ

    むつみさん、どんな言葉にしたらいいかわからないんですが、とてもとてもよくわかります。一見して不憫だと感じる現実、辛いと感じる現実は、身の上に降りかかって来たその人だけでなくその人と何かしら関わりを持ったり触れたりする人達にとっても、壮大なメッセージがあるのだと思います。神様は、目に見える以上に広い、深いメッセージを私達人間に運んでくれているんだなぁと感じます。
    私も、自分の生きてきた道や、生きてきた中で少しでも関わった人達の人生に触れ、かわいそう…では通り過ぎられない何かを感じた事があります。特に、自分の今までの人生での出来事に、いつの頃からか「どうしてこんな事が自分に起こるんだろう。どういう意味があるんだろう」と考えるようになっていました。そして、その意味が少しずつわかり始めてきました。
    「乗り越えた先に見えるもの」は、乗り越えた本人にも、乗り越える生き様を見せてもらっている周りにも見えるんだと思います。ブログにあるお子さんやむつみさんのお祖父様のお話しに出会えた事もまた、私にとってはメッセージだなぁと思います。

    • Mutsumi Post author

      まゆこさん、ありがとうございます。
      本当に壮大な人生のメッセージですよね。
      以前、「人生には3つの喜びがある。受け取る喜び。与える喜び。
      そして、人生の意味を知るという喜び」と尊敬する人から聞きました。
      自分の「使命」…そう呼ぶのが適切なのか、まだ分かりませんが、
      少しずつ明らかになっていく、その人自身の内側にある、神様からの贈り物。
      そして、そうやって明らかになっていくお互いから、学び合い、助け合い、影響しあって、
      相互作用で世の中は編まれてゆくのだと感じています。
      私も、まゆこさんから、たくさん受け取らせていただいています。
      本当に感謝です。
      そして、これからきっと、もっと大きなものに発展してゆく予感がしています◎

  • なみ

    私の子、胎内記憶があります☻
    すべて自分で選択したこと。
    自分がひきよせたこと。

    むつみさんにも、お会いして
    ゆっくりお話したいです。

    明日ママ、我が家の子は
    ドリフをみるように、
    爆笑して、見てます✨

    子供はなんでも
    知ってるんですね。。

    • Mutsumi Post author

      なみさん、もしかして、最近facebookお友達申請してくださった、なみさんでしょうか?^^
      とっても素敵な発信をされている方だなと思っていました。
      そして、以前にもコメントいただいていますよね◎
      ありがとうございます。
      教わりたいこと、お聞きしたいこと、いっぱいです!
      来るべきタイミングに合わせて…いつかお会いできることを心から楽しみにしています♪

  • 植原紫貴

    むっちゃん、昨日はお会いできてうれしかったです
    むっちゃんの涙、綺麗でしたよ。
    どんな境遇であろうと、たった一人でも分かってくれる大人と出逢えれば
    その子は変わります。

    両親揃って、経済的に豊な環境のこどもにだって
    その子の悩みがあります
    その子の魂の成長の為にね

    むっちゃんの役割、素晴らしいね
    また、お会いしましょうね
    私でお役に立てることがあれば
    いつでもどうぞ

    • Mutsumi Post author

      紫貴さん!コメント嬉しかったです♡
      本当にそうですね。
      その子の魂の成長のため。
      大きな大きな学びでした。

      今、この瞬間を生きるために、この世界に送り出してもらった意味を
      考え合える仲間、導いて下さる素敵な先輩と出逢わせていただけたこと、
      心から感謝致します。
      ぜひまたお会いしたいです。
      これからよろしくお願いします♪

  • イブ

    「わしの人生は、間違っていなかった。全部お導きのとおりだ。幸せだ」
    おじいちゃまの人生に導かれていらっしゃるむっちゃんなのですね
    おじいちゃまの生き方が幸せに通じるとモデルがあって何か確信されているんですよね
    私も次の世代に良いものと渡すことのできる生き方をしたいと願います

    • Mutsumi Post author

      イブさん
      そのとおりだと思います。
      「これが真理だ!」と、そう思う答えはきっと、その人その人で違うのだと思います。
      それでいいのだと思います。
      私にとっての真理は、間違いなく、祖父が運んでくれたと思います。
      ブレない芯を与えてもらえたことに、何よりも感謝です。

Comments are closed.